本当の悲運の棋士

よく「悲運の棋士」として本因坊秀和と木谷実さんが紹介されてるけど、
本当の悲運の棋士は違う人だと思う。

それは本因坊道知本因坊秀悦

何で前の二人が違うかっていうと、
まず秀和。
幻庵と争碁を打ってるし、天保四傑もいた。
なにより秀策と秀甫がいて対局相手に不自由しなかったし、
弟子もたくさん育てて跡目にした秀策には死なれちゃったけど結構満足できる人生だったんじゃないかな?

名人になれなかったのと、晩年の悲惨な生活から悲運の棋士って呼ばれるようになったけど、
名人になれなかった人は他にもいるしね。

で、木谷さん。
本因坊になれなかったのと、呉さんに打ち込まれたことから悲運の棋士って言われたけど、
囲碁選手権とか最高位なんかを取ったあたりから悲運の棋士っていう呼ばれ方をしなくなったらしい。

ここからが本題。
まず道知。
なんといっても対局相手がいなかった!
これは道知が強すぎたのもあるんだけど、やっぱりいっぱいに打てる相手がいないのは悲運だと思う。

そして37歳っていうあまりに早い死。

弟子をこれから育てるっていうところで死んじゃった。
それでも道知の弟子はなかなかの質と量。
跡目の知伯は20代で六段まで昇ってるし。
道知があと10年でも生きてたら道策にも劣らない弟子を育ててたと思う。

次に秀悦。
彼は跡目になったこと事態が悲運だった。
誰が考えても秀甫が跡目になるはずなのに、
奥さんの反対にあって、なぜか秀和は自分の子供を跡目にすえた。

幕府が倒れて囲碁界がてんやわんやのときに20歳の秀悦には荷が重すぎた。
精神に異常をきたして若くしてこの世を去った。
20才で六段にまで昇った棋士がこんな形で終わるなんて・・・


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