脳死の議論はもっと慎重にやってほしいんだ(・ω・)

どうしても思う。

「脳死について、あまりにも議論がなされてないんじゃないか」
って。

脳死=人の死
よって、臓器を提供。

もちろん臓器を必要としてる人がいて、
臓器を提供することで助かる命があるっていうことはわかってる。

でも

ほんとに脳死=人の死なのか?
っていう疑問がどうしてもぬぐえないし、
本人の意思に関係なく臓器が提供されるのも疑問。

後者は、今は本人の意思表示がなくても、家族の同意で提供される。
そこに思うのは、
「脳死になったら、どうせ心臓が止まるんだからさっさと臓器を提供しろ」
っていう無言の圧力みたいなのを感じる。
もっというと
「さっさと臓器を提供して死ね」
っていう感じにも思える。

医療は人の命を救うもの。
ならなんで、脳死の人を蘇生させる努力をしないのか?
そうはいっても、本当に蘇生の可能性はないのかもね。

でも、そうだとしても、どうしても思うのは、
尊厳死、安楽死が話題になった、末期のがん患者。
これも同じような時期かなり新聞で扱われてた。
結局認められてない。

それなら、なんで脳死の人はさっさと死ねといわれるのか?

がん患者は、臓器が使い物にならないから、早期の死亡には意味がない。
脳死の人は、臓器を使えるから、他の命のために早期に死んでもらう。

どうしてもこういう考えが僕の頭から消えなかった。
でも、近い時期に議論されてたのに、
このことについて議論されてた記憶はない。

尊厳死、安楽死と脳死。
並べて議論することじゃないって思ってたのかなあ。
でも、二つの話題が毎日のように記事になってたんだから、
並べて議論されていいと思うんだけどなあ。

こう考える僕が変わってるの?
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