囲碁史上最強は誰だ!談義(最終回)

道策までやってきて、普通だったらここで終わってるんだけど、
このブログではもう一人の史上最強候補を紹介。

それは

5世本因坊道知!!

知ってる人は少ないかな?
でもこの人はすごく強いんだよ。

林元美が、
玉田鋤っていう本に無名で載ってる自分の碁を、道知の碁と間違えられた、っていうことを、
「自讃に似たれども」
って書いてる。
自分の八段を認めないなら算知を六段に下げろ!
って言った人が、道知と間違えられたことを「自讃に似たれども」って言うんだから道知は強い!

それと、江戸時代は道策と道知は並立で考えられてたっぽいとこがあるんだよね。

あと、御城碁譜の碁士列伝で、
「囲碁史を通じて最強は道策、次が丈和といわれてるが、
 この2人の間に入る、もしくは道策を超えるかもしれない」
っていう風に紹介されてる。

坐隠談叢では、「亜聖の大国手」って紹介されてる。

この本に秀策は秀和より強いって書いてる部分があるんだけど、
改訂版だとその部分には「そうとは言い切れない」って注釈がついてるんだけど、
「亜聖の大国手」の部分には注釈がついてない!

ちなみに亜聖っていうのは、第1位を聖人ていって、その1位に続く人。つまり2番手のこと。

こういう風にかなりの実力があるっていうことは、いろんな資料を調べるとみつかる☆

それで道策とどっちが強いかっていうことなんだけど、
このブログではあえて道知ってことで!

何でかっていうと、
道知が碁所に就いたときに言ったっていわれる言葉
「10年遅れたり」
っていうのと、策雲因碩との御城碁で、道策と熊谷本碩との碁を使ったっていうこの2つ!

「10年遅れたり」のほうは、
道策と直接打って、どれくらい道策が強いかを知ってる道知が、
20歳をでたくらいで自分の実力は名人の域にあるって思ってたっていうことは、
道策が名人になってからと同じくらいの実力が20歳の自分にはある
っていう風に思ってたんじゃないかな?
っていうこと。

策雲因碩との御城碁で、道策と熊谷本碩との碁を使ったのほうはちょっと説明が要るね。

道知は本気で打った碁がほとんどないっていわれてる。
道知が20歳くらいのころから、御城碁は黒番が勝つようになってったんだけど、
この時代、対局前に勝敗を決めてたって言われてる。
それ以外の対局も道策秀和とおんなじで、本気で打ってない。

で、この因碩との碁も事前に「持碁にしてくれ」って頼まれて、
「それならこの碁を途中まで使うことを条件に持碁にしよう」
って道知が言って146手目まで道策と熊谷本碩との碁をそのまま使ったらしいんだけど、

「なんで道知はこんなことをしたのか?」

って言われてるんだけど、ここからは憶測。

「本気で打った碁がないから、将来自分は歴史的に評価されないかもしれない」
って思って、あえて謎を残したんじゃないかって考えてみると、
道策の白番の碁を、自分が白番で打って1目勝ちを持碁にすることで、
道策より自分のほうが1目強い

みたいな^^

「10年遅れたり」はそう語ったっていわれてるだけで、ほんとに言ったかわかんないし、
持碁も単なる憶測でしかないんだけど、
道策を意識させることで実は自分のほうが強いんだ!
って思わせてるかもしれないなぁ
ってことで

それで、一般的には道策最強説が一番有力なんだけど、
あえてこのブログでは、ほんとの実力が未知数な道知を最強として終わります。
スポンサーサイト
プロフィール

ゆっきん

Author:ゆっきん
一応ここは囲碁ブログのつもり

ついに囲碁入門を書いてみました。
興味のある方はこちらへ(javaが必要です)⇒ゆっきんの簡単!囲碁入門

囲碁の勉強法と考え方書いてます

カレンダー(月別)
07 ≪│2017/08│≫ 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
ブログ内検索
カテゴリー
ブログランキング
リンク
RSSフィード
スポンサードリンク