昔の棋譜が途中で終わってるわけ

古碁が好きな人はわかると思うけど、昔の棋譜は途中で終わってるのが多い。
古碁に詳しくないころは「棋譜をつける人が勝負がついたから以下写すのをやめたから」
っていうのを真に受けてたんだけど、ほんとにそんなことなのかな?って思い始めてから、
昔の院生のお話を読んだときになんとなくわかったかも。

そのお話は、
勝ち写しっていって、対局が終わったときに勝った人が棋譜をつける。
そのときは勝負が決まったところまでを書いて、以下を省略する
っていうこと。

そういえば途中で終わってるけど解説によると形勢が大体決まってる碁が多いね。
きっと勝負が決まったところまで写すっていうのは昔からの慣習だったんだろうなって思う。
もう勝負が決まってるんだからそれ以上は敗者にたいして失礼
みたいなことだったんじゃないかな。
日本の武道も敗者に対する礼儀っていうのを尊重するって言うし。

でもこれじゃ終わらない棋譜も多いね。
形勢不明なのに途中で終わってる。

これは雨でぬれちゃったりして棋譜が解読不能になってるのを、わかるところまで写したからかなぁ。

あとこれはもしかしたらね。
対局者が打った手を思い出せなくなった^^;
あくまでもしかしたらね。

あ、そう。
昔はたぶんあんまり対局中に棋譜つけてなかったんじゃないかな。
秀哉が若いころに打った碁の記録は、秀哉が自分で記録してたのが多いらしい。
幻庵も自分で記録してて、御城碁の公式?の棋譜と幻庵の手記とは手順が違うのがあるらしい。
あと、関山仙太夫の碁は確かほとんど最終手まで載ってたんじゃなかったなぁ。
仙太夫は細かいことも記録してる人だから、打った碁も最終手まで残してたのかな?
重要な対局(御城碁、争碁とか)は記録係もいただろうけど、
普段の気楽な対局は自分で棋譜をつけてたと思う。

だから、棋譜をつける人が途中でやめた説はちょっとないんじゃないかな
って思う。
ただ、記録をつける人がいた碁で途中で写すのをやめたのもあると思うよ。
でも、勝負が決まったからやめたっていうんじゃなくて、
対局者か有力な人(半名人とか名人とか)が「ここまででいいよ」
みたいなことを言って途中でやめたんじゃないかなって考えた。
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