江戸時代の七段

段は時代によって重みが変わってくるけど、
最初に段ができた江戸時代の七段はどれくらいが妥当なんだろう?

古今に恥じない七段なんて紹介される天保四傑。
ここは実はちょっと弱め。
林元美が書いた文書(算知と丈策の降格申し立て)によると、

秀和は申し分これなき段位に候

七段時代の秀和は半名人の実力があるって言われてたけど、
若いから七段だった。
でも、元美の言い方だと七段は秀和くらいの実力が妥当って言ってるようにも聞こえる。

ちなみにこのころ元美は正式には七段、丈和の名人に関する裏工作で八段になろうとしてた。
元美の実力っていうのは結構なものだったよ。
若かったころの幻庵の先番をこなした碁もあるからね。
このとき幻庵は天保四傑クラスに近い実力を持ってたから、弱くちゃとても向こう先はこなせない。

とりあえず元美の文書から推測すると、
最低でも元美の全盛期くらい、20歳くらいの秀和が妥当ってことかな?

となると、相当厳しいことになるね。
道知時代~察元時代までに七段になってる人だと4世仙角しかいなくなる。
天保四傑は4人ともちょっと微妙。
太田雄蔵は御城碁に出ないなら七段をゆるさなくてもよかったかも。
妥当な七段ていうのは、17歳の道知、仙知、元丈、知得あたりになるのかなぁ。
ものすごい強さ^^;

現代だと、実績を考えると、李世ドルさん、朴詠訓さん、崔哲瀚さん、古力さん、日本の四天王
くらいしかいない!(世ドルさんもうちょっとで八段くらい)
なんという厳しさ!

鬼因徹が外家を理由に全盛期に六段どまりだったけど、
そう簡単に外家に七段をゆるせなかった四家元の言い分もなんとなくわかる気がしてきた。
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